2021年10月24日(土)、那須町にある「カフェ杉と胡桃」でなす読書会を実施しました。今回は堀辰雄「美しい村」をみんなで読みました。まとめとしては、「その男、酔っ払いにつき」という感じでした。

今回は、参加者3名とわたしの都合4名での開催となりました。自己紹介に代えて、最近読んだ本や好きな本をご紹介いただいた後、「美しい村」を読みました。
はじめにみなさまからご紹介いただいた本をご紹介。
松浦晋也『母さん、ごめん。 50代独身男の介護奮闘記』
当然母親の介護をすることになった50代独身男性のエッセイ。当事者としての介護について考えさせられる本とのことでした。
西寺郷太『ディスカバー・マイケル THE BOOK』
NHKラジオの番組を書籍化。わたしはマイケル・ジャクソンについてはスリラーしか知らないので、ちょっと気になる。
凪良ゆう『流浪の月』
誘拐犯にさらわれた少女と誘拐犯の男の話。当然世間的にはロリコンのレッテルと報道による容赦ない制裁が加えられるそうですが、単純にそうとも片付けられないお話だそうです。気になる。
さて、本編ともいうべき「美しい村」ですが、ジブリアニメ『風たちぬ』の原作のひとつです。
書簡体、小説家が主人公の小説、作品内作品である「美しい村」など、かなり複雑な構造を持った小説です。自己言及される<私>の描く「美しい村」という小説、そして、冒頭に配置された手紙によって構築されている枠。わたしたちの現前にはそれを含めた「美しい村」という一個の作品がある。おそらくテクスト論的近代文学研究の対象にもなっているくらいの作品だと思われます。
大きく分けて「序曲」「美しい村 或は 小遁走曲(フウグ)」「夏」「暗い道」の四部で構成されている作品です。「序曲」は先に挙げた書簡体、「美しい村」は<私>が良く知っているはずの高原地帯のある村を、隅々まで歩き、その中で自分の過去やいま考えることが開陳されています。「夏」は、村で出会った少女との非常にさわやかな、それこそ物語のような恋愛を描いています。問題は「暗い道」で、「夏」から年月を経て、久しぶりに村を訪れた私と同行者の様子が語られます。
今回の読書会では、以下のような感想を共有してもらいました。
「時間のギャップを感じた。主人公は過去にとらわれていて、そこに留まっている」
「過去は良かったな、という感じを強く感じる」
「まるで成仏し切れていない幽霊のように、村のなかをさまよっている」
「季節は初夏のはずなのに、秋のように感じる」
ここまでが「美しい村 或は 小遁走曲(フウグ)」の感想です。
「急に表現がみずみずしくなる」
「同じ村を見ているはずだけれど、彩度が違う」
「実際にあった出来事を誇張してモリモリで書いている感じがする」
「自分の作り上げたものと本物は違う」
季節との対比や幽霊の比喩、誇張、そして極めつけの
「<私>は自分に酔っている」
というパワーワード。いずれもわたし一人で読んでいては気づかないものでした。
わたしにとっては、すごく久しぶりの読書会でしたが、非常に楽しかったです。ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。
次回はまだ未定ですが、ジブリアニメ「風たちぬ」のもうひとつの原案、堀辰雄の「風たちぬ」を読もうと思います。来月に実施できれば良いと思いますが、ちょっとずれるかもしれません。気になった方はぜひご参加ください。