※以前別のブログで書いた文章をそのまま掲載しています。
「たまかづら実ならぬ木には、ちはやぶる神ぞつくとふ。ならぬ木ごとに(大伴ノ安麻呂卿)/御注意までに申しますが、あなたはその様にぴんしやんとして居ますが、実の成らぬ木には、神様が憑いて、其所有にすると言ふ事ですが、御存じですか。あなたもさう人の心を退けて居ますと、どんな祟りがあるかも知れませんよ。実のならぬ葉許りの木には、どれにも、神がつくのですから」(p42-43)
折口はきっと小正月の成木責めを思い出したはずだ。私は現行の民俗として目にしたことはない。長野では少し文脈を変えて、今でも継続されているらしい。


成り木責め | 歴史と伝承 | 南信州「市田柿」
成り木責め | 歴史と伝承 | 南信州「市田柿」
ichidagaki.iida-nougyou.com 折口は『古代研究』の「追ひ書き」(『折口信夫全集第三巻』)で、次のように述べている。
「私の記憶は、採訪記録に載せきれないものを残してゐる。山村・海邑の人々の伝へた古い感覚を、緻密に印象してえた事は、事実である。書物を読めば、此印象が実感を起す。旅に居て、その地の民俗の刺激に遭へば、書斎での知識の連想が、実感化せられて来る」(『折口信夫全集第三巻』500p)
読み進めた万葉の歌が民俗を実感に変え、また目にした民俗が歌を実感に変える。折口の考え方の基礎的な部分にある考え方なのだろう。
「沖つ浪来寄る荒磯を、しきたへの枕と枕きて、寝せる君かも/遙かな海上の浪の寄せて来るといふ様な枕でもない岩濱をば枕として、いつまでも寝てゐなさる人よ。(此種の行路死人を憐んだ歌は、単に気の毒に思うて歌うたものと解するのはよろしくない。觸穢を厭ふ当時の風習に、更に病死人の霊魂の祟りを恐れて、慰める心もあつたのだといふことを忘れてはならぬ)」(「口譯萬葉集」83p)
このあたりになると、ほかの民俗を知らねばこのような折口の解釈が理解できない。タビジニ(行路死者)や「餓鬼阿彌蘇生譚」(『折口信夫全集第二巻』所収)を読むと、折口が何をもってこの歌を解釈しようとしたのかわかる。

折口信夫「餓鬼阿彌蘇生譚」(『折口信夫全集 第二巻』p341-)
本作はとても丁寧で折口自身が次のように要約している。「私は長々と、だるが行路死人の魂魄から精霊化して、遂にはひだる神とまで称せられる様になつた道筋を暗示して来た。其が更に仏説に習合して、餓鬼と呼ばれる
明日はねぇぞ~民俗学に関するアレコレ 折口の著作を理解するためには、フィールドの経験も必要なのだから、なかなかにしんどいように思う。